砂よ
知らなかったんだ……サングとジュウサの話、実はまだ掲載されてなかったことに。
ということでアリユムさんに感想を尋ねた本人が載せ忘れてたので過去の文章を基にリメイクしました、どうぞどうぞ。
それは……今から5年前、サングがまだ12歳の頃の話――
「くっ……」
まだ幼さが残る顔をしたサングは、手を地面にかざして砂時計を操っていました。
しかし……
「何度やってもできない……。どうすれば、砂獣を呼び出せるんだ……!」
この頃のサングはまだ砂獣を呼び出すほどの実力は備わっていませんでした。
クロックデザートに住むデザト族の間では、砂獣を呼び出すことは力がある証。
砂獣と心を通わし、「召喚」という形で契約することで、砂獣の力を借りて戦うことができるようになる……。
それが、デザト族の中では一つの目標として語り継がれていました。
もちろん、それなりに修行をして大人になれば自然と砂獣を呼び出す実力が備わっていくのですが……。
「……もう一度!」
サングは焦り、何としてでも砂獣を呼び出せるようになるための練習をひたすらしていました。
そんなサングの実力は、クロックデザートに住むデザト族の中でも下の方。
下にいることが気に食わないサングは、早い内に砂獣を呼び出す実力を身に付けようと思うのでした。
……そんなサングに、近づく人が一人……。
「お兄ちゃん!」
幼い男の子の声がサングの耳に届き、サングは静かに男の子の方へと振り向きました。
「……ジュウサか。お前の兄になった覚えなどない」
「でも、デザト族は皆が家族みたいなものでしょ! デザト族は……」
「何回も転生して姿を変え、砂漠を守り続ける……もう覚えた」
「そうそう! だから皆は元々家族や親戚だったと思うんだ。きっとお兄ちゃんと僕も、本当の兄弟だったかもしれないよ!」
「……それが事実だとしても、転生してしまえば記憶が無くなる……意味が無いだろう」
「もう……お兄ちゃんはいつも話題を切り捨てる……夢が無いなぁ」
ジュウサはつまらなさそうに砂を蹴ってみせるものの、サングは現実を見つめる表情のまま。
「夢も何も……お前と話している暇などないんだ、こっちは強くなるために努力している最中だというのに……」
「最近、お兄ちゃんはそういうのばっかり……。砂漠を守るために強くなるのはいいけれど、たまには休んで僕と遊ぼうよー」
「……お前なんかと遊ぶか。……しばらく黙っていろ」
「もう、お兄ちゃん……」
ジュウサは不満げなものの、いつものように腰を下ろしてサングの修行の様子を見ることにしました。
「はぁぁぁ……!」
「頑張って、お兄ちゃん!」
「……気が散る、だから黙っていろ」
「……」
「はぁぁぁぁぁぁぁ……!!」
「ぐすっ……」
(もう少し……もう少しで砂が……!)
「うわああああああああああああああああああああああああんっ!!!」
「……っ!?」
突然、ジュウサは泣き出し、サングは思わず集中力が途切れてしまいました。
サングでもさすがにこれは、ジュウサを無視することはできません。
「うわあああああああああああん!! おにいちゃんがずっとおこってばっかりだああああああああああああ!!!!」
「こ、こら、泣くな! デザト族に涙はみっともない……」
「うわああああああああああああああん!!!!」
「……ったく……」
サングはさっとジュウサに手を伸ばし。小さくつぶやきます。
「……悪かった。10分だけ遊んでやる」
「お兄ちゃん……ありがとう!」
サングの小さな言葉に、さっきまで泣き顔だったジュウサは笑顔になりました。
やれやれと仕方ない表情をするサングですが、真剣にジュウサと10分間遊びました。
そんな時間も、あっという間に過ぎて行き――
「10分経過した。そこまでだ」
「えー、もっと遊びたい……」
「わがままを言うな。オレは強くなりたい。……だから、本当は遊んでいる暇などない」
「お兄ちゃんのケチ……」
「……」
「……うーん……」
静かな砂のような空気に、ジュウサは何かを考え始めます。
そして、いろいろ考えた結果、サングのネックレスに目を付けました。
「あっ、そうだ! お兄ちゃん! そのネックレスちょうだい!」
「……は?」
「だから、そのネックレスが欲しいの!」
「……嫌だ」
「え、何で?」
サングは即答で拒否し、ジュウサは理由を聞きますが、サングは思わず自分のネックレスを静かに掴み、渡さない意思と言葉を放ちました。
「これは……大切にしてるものだ。オレがオレとして生まれる時から身に付け……ずっと大事にしているものだ。そうやすやすと渡せるようなものではない」
「えー……。じゃあ、僕が大切にするから!」
「駄目だ」
「一生の約束!」
「無理だ」
「お願い! じゃないと修行のジャマをする!」
「……やれるものならやってみろ」
「言ったな、お兄ちゃん……! えいっ!」
ジュウサは突然スコップを取り出すと、サングが使っている宙に浮く大きな砂時計を叩きつけました。
砂時計はバランスを崩し、元の小さいサイズへと戻って地面に落ちてしまいました。
「……本当に邪魔をするんだな」
「だって……、最近お兄ちゃんとずっと遊んでなくて……、僕寂しかったんだよ……。お兄ちゃんと遊べるなら、修行も特訓も、みーんなみんな、無くなっちゃえばいいもん!」
「ジュウサ! お前も分かっているだろう? 砂漠を守る義務がある以上、強くならなければ意味が無い! 遊んでいられるのは、幼い間だけだ」
「お兄ちゃんだって、まだ12でしょ!」
「12歳も大人同然だ!」
「……っ」
「……」
地中の砂のようなさらに冷たい空気に、ジュウサはもう出す言葉はありませんでした。
静かに砂が落ちるように時は流れ、サングは静かに、重い口を開きました。
「……ジュウサ」
「何……お兄ちゃん」
「オレだって、遊びたいと思う時もある。……だが、これからこの砂漠を守るのは誰になる? 今の代もそろそろ終わりを迎える……。次はオレたちの番なんだ。オレたちが今の内にしっかりしないで、砂漠を守ることができると思うか?」
「……また、そういう話なんだね」
「もしも……、もしもだ。この砂漠を支配しようと、闇が襲い掛かったらどうする?」
「そりゃあ戦うよ! 砂漠が闇に覆われるなんて嫌だ……」
「……そのために、だ。予め闇に打ち勝つ力を持ってないと……戦っても返り討ちに遭うだけだ」
「……」
「だが――」
「?」
「だが、オレが闇に打ち勝つ力を手にすることが出来たならば、お前の望む通り、遊んでもいいぞ」
「本当……!?」
「ああ。だから、大人しくしているんだ」
「うん……!」
ようやくサングとジュウサは打ち解けあい、互いは細かい砂のように心地よい表情になりました。
その時、サングは再びネックレスを掴み……今度はネックレスを守るのではなく、外しました。
「……これはお前が持っていてくれ」
「あ……! ネックレス! 大切にしてるのに……」
「いらないなら返してもらう」
「あ、欲しい欲しい! ありがとう!」
「……絶対に離すなよ。大切にしているものだからな」
「うん! 大切に持ってるよ!」
「よし……修行を再開するか」
「お兄ちゃん、頑張ってね!」
こうして、サングはジュウサにネックレスを渡し、ジュウサはネックレスを身に付けて大切にしました。
サングの激しい修行は続くものの……なかなか成果を出せずにいました。
それから、しばらく経ったある日のこと……
「はぁぁぁぁぁぁぁ……!!!」
すうっ……と砂が浮かび上がり、砂は砂時計の周りをぐるぐると周りました。
「…………」
サングが静かに目を瞑ると、砂は静かに変化し、ゆっくりと地面へと下りていきました。
「……よし、何とか砂を操るところまで来たな。後は砂獣を何とか呼び出せれば……」
サングはまだ見ぬ砂獣に呼びかけます。
「……砂獣よ! 我の声に答えよ!」
……ですが、砂は全く動きません。
「……くっ、まだ駄目か……」
サングは静かに悔しがり、そこで今日の違和感に気が付きました。
今日はいつもに増して、静かで――
「ジュウサが……来ないな。風邪か何かひいたのか?」
いつもいるはずのジュウサが来ない。
こんな珍しいこともあるもんだなとサングは思い、一人で修行を続けました。
そして、しばらく経った頃……
「もう一度……」
「大変だ、サング! モンスターが現れたぞ!」
若いデザト族が焦った様子でサングに声をかけてきました。
「モンスターはどこだ!?」
「南の方角に……男の子が一人追いかけられているんだ!」
「南……男の子……まさか……!」
「とにかく、今は人手が多く欲しいところだ! 急いでくれ!」
「分かった!」
(ジュウサ……無事でいてくれ!)
サングは今朝からいないジュウサを心配し、モンスターがいるという南の方角へと向かいました。
「ガルゥゥオオオオオ!!!!!」
「お兄ちゃん、助けて……!! 助けて!!」
「ジュウサ!」
南の方角では、モンスターがジュウサを追いかけていました。
幼い子どもの足では、逃げられるのも時間の問題。
早く助けなければ、ジュウサの命はありません。
「待っていろ、すぐに助け出す!」
サングはそう言うと砂時計を投げ、宙に浮いた砂時計に手をかざして砂を操り始めました。
「砂の檻!」
サングは魔力で砂を檻に変え、モンスターを檻で囲いました。
しかし……
「グアァァルゥ!!」
砂の檻は一瞬にして破られてしまいました。
「くっ……!」
「駄目だ、まったく歯が立たない!」
モンスターを倒そうと駆け付けた他のデザト族も、モンスターに苦戦しているようです。
「この中に砂獣を呼び出せる者はいないのか!?」
「それが……、大勢ならなんとかなるだろうと思って、とにかく人を集めただけで……」
「馬鹿者が!! このような大型モンスターなら、砂獣が必要となるだろう! それに、こんな若造ばかり集めて……」
「そういう偉そうにしている自称最年長が砂獣を呼び出せないってのもおかしいだろうが!」
「なにをぉぉぉ……!!」
そしてとうとう、デザト族の間で仲間割れが起き、一瞬の隙ができてしまいました。
そのほんの一瞬の隙に……
「お兄ちゃん……!!」
「グルゥゥアアアアアアッ!!!!」
「ジュウサ!!」
ズンッ!
頭を下ろしたモンスターの口の中に、ジュウサがすっぽりと入り……
モンスターが頭を上げると、そこにジュウサの姿はどこにも見当たらないのでした。
「……!!」
サングはそれが何を示すのか分かったものの、ただ立つことしかできませんでした。
そして――
しばらくして、モンスターは砂獣を操るデザト族が倒したものの。
あの後から、サングはただあの場所をずっと見つめることしかできませんでした。
「サング……。モンスター……『デザートゴースト』は退治したぞ。もうあいつが現れることは無いだろうな」
「……」
「サング、どうしたんだ? お前らしくないぞ?」
「…………」
「そういや、お前にしては珍しく名前を叫んでたな。……お前にとってそんなに身近な奴だったのか、ジュウサは」
「まあ……な……」
「……そうか」
デザト族たちは静かに立ち去り、残るのはサング一人となりました。
サングはジュウサが最後に立っていた場所へと来てみたものの、そこはただ細かい砂が辺り一面広がるだけでした。
「……っ」
サングは言葉では言い表すことができないような表情をして、しばらくそこに立っていました。
……それから、太陽が沈み始め夕方となった頃――
「オレは……必ず強くなる。強くなってみせる」
サングは昼の時よりはいくらか落ち着きを見せ、静かにそして固い決心をしました。
「……そろそろ、自分の場所へ帰るか」
いつまでもここに立っていても仕方がないと判断したサングは、その場を立ち去りました。
「……」
自分の場所に帰ってきたサング静かに地面に手をかざし、心の中で強く思いました。
どうやら、また修行を始めたようです。
「砂獣よ……我の声に答えよ……」
ズズ……
「……!」
サングの目の前に、砂でできた怪獣……『砂獣』が姿を現しました。
「さ……砂獣……なのか?」
サングの問いに砂獣は静かに頷きました。
「砂獣……オレにも、とうとう呼び出せるようになったのか……」
サングは驚き、しばらく砂獣を見回しました。
すると……
「ん……? これは、まさか……」
砂獣の首に、サングにとっては馴染み深いものがかかっていました。
「これは……オレのネックレス! あの時、ジュウサにあげたが……ん?」
……サングは一度動きを止めました。
思いもしなかったことに少し混乱するサングですが、息を深く吸うと、改めて砂獣に質問をしました。
「お前……ジュウサ、なのか……?」
「……?」
サングの問いに砂獣は首をかしげました。
「覚えていないのか!? オレだ、サングだ!」
「……」
「分からない……のか?」
「っ……」
「分からない……か……」
なんとなくの予感はしていたものの、砂獣の答えにサングはがっかりしました。
「そのネックレス……取ってもいいか?」
「っ……」
砂獣は頷き、サングが取りやすいように顎を上げました。
「……ありがとな」
サングはそう言うと、元の自分が付けていたように、ネックレスを再び身に付けました。
そして、サングは再び砂獣に問いかけます。
「砂獣……こんなオレでいいのか? 他にも実力がある奴はいただろう……」
「……」
強さは力だけではない……
誰かを思う心……
何かを守ろうとする気持ち……
それが、本当の強さにもなる……
「……今の声は?」
「……」
「お前か?」
「……」
「……ずっと、黙ってばっかりなお前な訳ないか……」
サングは砂獣と共に、夕暮れの空を見上げます。
初めての、砂獣と共に見る夕焼け。
この日を待ち望んでいたサングでしたが、何故だか……懐かしい気持ちに浸りました。
「……なぁ、砂獣。契約した日に話すというのもおかしいかもしれないが……オレの話を聞いてくれ」
「っ、っ」
「オレ……何故だかこんな日を、前に過ごしたような……気がする。このネックレスを大切な人から受け取って、この夕焼けを見た、そんな気がする。……あくまで気がするだけだ、真相は分からない」
「っっっ……」
「お、おい……どうしてそんなにすり寄ってくるんだ? お前……砂獣のくせして小動物のような動きをして……本当、ジュウサみたいなやつだ……ほんとう、に……」
気が付けば、サングの目にも、雫が一滴、二滴。
「や、やめろ……やめろ、オレ。デザト族に涙はみっともない……やめるんだ……」
サングは必死に手で雫を拭おうとしますが、全く拭える気配がありません。
それを見かねた砂獣は静かに両手を出し、サングを抱擁しました。
「……!?」
「……っ、っ、っ……」
「やめろって……目に砂が入る……。そ、そうだ……これは目に砂が入って涙が出てるだけだ、そうに決まってる……」
「っ……」
「ふ、ふふっ……ありがとな、砂獣……」
後ろ向きだったサングの涙はいつしか、前向きなものへと変わっていきました。
サングも少しずつ……現実を受け入れ、前へと進み始めたのです。
そして、サングはいつしかクロックデザートの中でも一番強いデザト族となり、クロックデザートを守るために戦うことになるのですが……
それはまた、別のお話――
以上です。
いやはや、実はお気に入りの話なんです。なのでてっきりもう掲載されてたのかと思ってたのですが……。なかったみたいです。
重いですね……。でもそこが良い。
いつかちゃんと、サングの過去話を掘り下げる日が来るといいな。